アイスクリームの歴史 

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icon icon icon 1.アイスクリームとの出会い icon icon icon

☆日本で最初に
アイスクリームを食べたのは誰?

◆1860年(万延元年)◆

江戸時代末期、横浜開港の翌年、徳川幕府の遣米使節団(★写真★)の一行が 咸臨丸で渡米しました。
一行は船中でアイスクリームを饗応されました。
その模様が、使節団の一人、柳川当清の"柳川日記"に次のように 記されています。

"珍しきものあり。氷を色々に染め、物の形を作り、是を出す。 味は至って甘く、口中に入るるに忽ち解けて、誠に美味なり。 之をアイスクリンといふ。"

というわけで、日本で最初にアイスクリームを食べたラッキーな人は、 徳川幕府の遣米使節団の一行だと言われています。

☆日本で最初に
アイスクリームを売り出したのは誰?

町田房蔵商店

◆1869年(明治2年)◆

咸臨丸で渡米した勝海舟に私淑して、赤坂氷川町に住居を構えたと伝えられる 町田房蔵(★写真は町田房蔵商店★)が、日本で最初にアイスクリームを売り出した人物だと言われています。
横浜馬車道通りの氷水屋で、氷と塩を用いて、日本で最初のアイスクリーム "あいすくりん"の製造を始めました。

一説には、密航して酪農を学び帰国した出島松造という人が、この房蔵に アイスクリームの製法を伝えたとも言われています。
当時の"あいすくりん"の値段は、金2分(50銭)で、なんと女工の月給の半分ほどと 大変に高価なものでした!


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☆日本で最初に
アイスクリームの広告を出した会社は?

◆1878年(明治11年)◆

町田房蔵が始めたアイスクリーム事業は米津風月堂によって 引き継がれました。
米津風月堂は、1876年(明治9年)にアイスクリーム製造の機械を購入し、 販売を計画していました。

その2年後、1878年7月24日と8月29日発行の"読売新聞"に次のような広告が 掲載されました。
"(前文省略)
暑気に向かう候間、猶左の品々、精製売り初め候につき、 陸続御愛顧の程、伏して冀く奉り候
 発明新菓 洋酒入 ぼんぼん アイスキリム 氷菓子 ミルク入 チョコラ入 カーヒイ入
 五拾銭で調進仕り候 都て菓物の味和を
 両国若松町風月堂  西洋菓子本舗 米津松造"

これがおそらくアイスクリームの初の広告だと言われています。
★ちなみに、上の写真は1889年(明治22年)6月5日の"読売新聞"に掲載された 広告です。★

◆東京風月堂の歴史についてのホームページはこちら!
→  http://www.tokyo-fugetsudo.co.jp/frame151403.html

☆アイスクリームは接待の必需品!?

鹿鳴館

◆1883年(明治16年)◆

鹿鳴館は、外国人の賓客の接待を目的とした官設社交場として1883年に 建てられました。
そこでは連日連夜、欧米風の園遊会や舞踏会が開かれ、外国人たちが招待されて いました。

1886年(明治19年)、フランスの艦長として来日したピエール・ロティも、鹿鳴館の レセプションに招待され、その著"秋の日本風物"の"江戸の舞踏会"の項に、 "アイスクリームが用意されていた"と記しています。

鹿鳴館の晩餐会ではフルコースのフランス料理が用意され、 アイスクリームや洋菓子などのデザートが供されていました。

アイスクリームは、欧米人を接待に不可欠なデザートとして 珍重されていたようです!

☆資生堂パーラーでアイスクリームを♪

資生堂パーラー

◆1900年(明治33年)◆

銀座に資生堂が開業しました。
アメリカのドラッグストアをまねて、ソーダファウンテン(資生堂パーラー (★写真★)の前身)を併設し、アイスクリームとアイスクリームソーダの販売を 始めました。
2年後の1902年、資生堂パーラーがオープンしました。

ここで出されていたアイスクリームは、卵の黄身とレモンの香りを効かせた フランス風アイスクリームで、たちまち銀座名物になりました。

ちょうどこの頃、日本で魔法瓶が普及し始めており、魔法瓶を持って銀座まで アイスクリームを買いに来る女性の姿も見られたそうです。
"銀座""アイスクリーム""魔法瓶"、なんだかとっても素敵な響きだと思いませんか??

当時、アイスクリームは15銭、アイスクリームソーダは25銭と、庶民には まだまだ高嶺の花の贅沢品でした!


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icon icon icon 2.アイスクリームの大衆化 icon icon icon

☆アイスクリームメーカーの創業

自助園アイスクリーム

◆1920年(大正9年)◆

冨士アイスが東京深川にアイスクリーム工場を開設。

◆1921年(大正10年)◆

明治乳業の前身、極東練乳三島工場で工業生産スタート。
→沖本佐一が、アメリカから輸入したフリーザーでアイスクリームを作り、 三越・精養軒などの高級店で販売されていました。

◆1923年(大正12年)◆

雪印乳業の前身、自助園牧場が北海道札幌で"自助園アイスクリーム"の製造を開始。
→アメリカでアイスクリームの製造技術を学んで帰国した佐藤貢が創業しました。
 雪印乳業としては、1928年(昭和3年)にアイスクリームを作り始めました。
★ちなみに、上の写真は自助園アイスクリームのポスターです。★

☆定番フレーバーの誕生♪

ブリックアイスクリーム

◆1923年(大正12年)◆

この年に発売された"自助園アイスクリーム"は、チョコレート・ストロベリー・ レモンの3色アイスで、たちまち人気商品となりました。
その後、バニラ・チョコレート・ストロベリーの3色となり、"ブリックアイスクリーム" (★写真★)として売り出されます。
この3色は、今でもアイスクリームの定番フレーバーとなっています。

◆1935年(昭和10年)◆

カップ入りアイスクリームは、この年、雪印乳業(現:日本コミュニティ)で 製造が開始され、その後のカップアイスクリームの先駆けとなりました。


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☆アイスキャンデーからアイスクリームへ

アイスキャンデー

◆1941年(昭和16年)◆

この年に始まった太平洋戦争で、酪農生産物のほとんどは軍用物資として 徴用され、アイスクリームの製造はすべて中止されてしまいます。
戦後、すべてが焦土と化した中で、いち早く復活したのがアイスキャンデーでした。

★アイスキャンデーといえば、写真のように自転車の荷台に木製の冷蔵庫を乗せ、 鈴を鳴らして売り歩いていました。★

店頭に1-2馬力程度の冷凍機を置き、ブリキの氷結管に、水とサッカリンなどの 甘味料を混ぜ入れて、割り箸を挿し、凍らせただけのものでした。
1950年(昭和25年)頃まではこのアイスキャンデーが全盛でした。

◆1952年(昭和27年)◆

この年に雪印乳業がソフトミックスを使い、アイススティックの製造を 開始します。
硬いキャンデーに比べて、ミルクとバニラの滑らかな口当たりが大変好評で、 次第に時代はアイスキャンデーからアイスクリームへと移っていきました。

☆アイスクリーム宣伝の時代へ

雪印ポスター

◆1964年(昭和39年)◆

昭和20年代までアイスクリームは、アイスクリームは"夏だけの冷たいお菓子"という 時代が続き、メーカーの宣伝も、その夏のメイン商品を告知するくらいでした。
ところが、1964年の東京オリンピックを境に、アイスクリームは宣伝の時代に 入ったのです。

商品のイメージアップにタレントを起用したり、単なる"夏の氷菓子"から "高級"、"大人のデザート"などさまざまなイメージでアイスクリームが宣伝 されるようになりました。

★写真は、昭和29年の雪印による赤・青・黄のカップアイスのポスターです。
当時のヒット商品で、カップの色は乳脂肪分の違いを表しています。★

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icon icon icon 3.ロングセラー商品の誕生 icon icon icon

☆カップアイスの定番"バニラブルー"の誕生

バニラブルー

◆1953年(昭和28年)◆

国産のカップ充填機が、雪印の品川工場で稼動を開始します。
ようやく日本製の紙カップでも使用できるようになり、本格的にカップアイスクリームの 生産がはじまりました。


バニラブルー 大阪工場で生産されていた[赤][青][黄]のカップアイスクリームがヒット商品になった のもこの頃です。
やがてその中の[青]カップがカップアイスの定番"バニラブルー"となりました。

53年経った今でも、"バニラブルー"は販売されています。
"バニラブルー"の先輩格、1941年(昭和16年)のカップアイスクリームの容量は 80mlとやや少なめでした。
現在は150mlとほぼ倍の容量になっています。

◆ロッテスノー株式会社のホームページはこちら!
→  http://www.lottesnow.co.jp/index.html

☆ホームランバーの誕生

ホームランバー

◆1955年(昭和30年)◆

協同乳業は、酪農先進国のデンマークから、大量生産できるアイスクリームバー マシーンを輸入します。
東京・日本橋の本社ビル1階にアイスクリーム製造の工程が外からも見えるように した工場で、生産を開始しました。

芯にするスティック(棒)にもこだわっていて、反りにくい北国の木材を使って いたそうです。

ホームラン坊や そして翌年、10円の"アイスクリームバー"を発売しました。
大量生産でコストダウンを図り、アイスクリーム大衆化への第一歩となりました。
その後、商品名を"ホームランバー"に変更しました。

"当たりが出たらもう1本!"で有名になったホームランバーは、 当時の子供たちに爆発的な人気となります。
当時の子供たちの夢は、プロ野球選手になること!
1960年(昭和35年)からは、長島茂雄さんがホームランバーのポスターに登場 しました。

◆協同乳業株式会社のホームページはこちら!
→  http://www.meito.co.jp/

☆カキ氷のアイス"赤城しぐれ"

赤城しぐれ

◆1964年(昭和39年)◆

アイスクリームとは一味違う氷菓。
かき氷は日本ならではの味わいです。
その魅力を存分に味わえるのが、赤城乳業の"赤城しぐれ"。
昭和39年に発売され、40-41年に爆発的なヒットを記録して以来、 変わらず日本の氷菓を代表するロングセラーとなっています。


赤城しぐれ2 "赤城しぐれ"の特徴は、パッケージのでこぼこ。
かき氷が食べやすいようにと考案されたスタイルで、発売以来変わりません。

発売当初の"赤城しぐれ"は、シロップのみのプレーンタイプでした。
赤のいちご味の他に、白・あずき・メロンの4種類がありました。
現在では、昔ながらの赤(いちご)・白(白蜜)に加えて、練乳あずき・練乳ホワイト・ いちごの果肉入り赤の5種類のカップが販売されています。


◆赤城乳業株式会社のホームページはこちら!
→  http://www.akagi.com/html/index.html

☆高級アイスクリームの走り"
レディーボーデン"

レディーボーデン

◆1971年(昭和46年)◆

明治乳業が、アメリカのボーデン社と提携し、高級ホームタイプアイスクリーム "レディーボーデン"を発売しました。

"高級""ホームタイプ"で売る新しいタイプのアイスクリームとして、 衝撃的なデビューでした。

レディーボーデン2 その後ボーデン社が日本法人を設立し、自社のみによる販売を行なったものの、 売上が芳しくなく、ボーデン社は撤退してしまいます。
そのため、店頭から商品が消え去ってしまいましたが、ロッテとのライセンス 生産契約が結ばれ、めでたく復活します。

現在ではスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで元のように 販売されています。

また、現在、レディーボーデンのミニカップが中部地区限定で販売されています。
売れ行きがよければ、ハーゲンダッツなどのライバルとして高級ミニカップアイス 市場へ参入するものと思われます☆

◆ロッテグループのホームページはこちら!
→  http://www.lotte.co.jp/

☆ロングセラー商品"あずきバー"の誕生

あずきバー

◆1972年(昭和47年)◆

井村屋製菓により、この年"あずきバー"が発売されました。
井村屋製菓は、もともとパン委託工場として創業し、1948年(昭和23年)には 農林省指定の乾パン工場となっています。
キャラメルや羊羹、ゆであずき、肉まん・あんまんを製造する中、 アイスクリームも扱うようになりました。

"あずきバー"の材料は、基本的に砂糖とあずきだけ。
和菓子で培われた技術から生まれた配合は、34年間ほとんど変わりません。
そのまま型に流し込み、わずか5分で急速冷凍。
スティックを差し込めばあずきバーの完成です♪
1日およそ100万本を生産。

昨年は全国で1億5,000万本を出荷しました。
少子高齢化により、アイスクリームの出荷額は減少傾向にある中で、 あずきバーは、この3年ほど出荷数をのばしています。
2006年7月の売れ筋調査ではシェアトップとなるなど いまだに人気の商品です!

◆井村屋製菓のホームページはこちら!
→  http://www.imuraya.co.jp/index.htm

☆"雪見だいふく"の誕生

雪見だいふく

◆1981年(昭和56年)◆

和風ブームのはしりである"雪見だいふく"がロッテから発売されました。
冷凍しても固くならないモチモチとした食感をロッテ独自の製法で実現させています。

1980年に真っ白なふんわりマシュマロでアイスを包んだ"わたぼうし"が発売され、 この商品が前身となり翌年、"雪見だいふく"が誕生しました。

"冬にアイスクリームを"という冬季限定で発売された"雪見だいふく"。
アイスクリームを求肥でくるんだアイデアが当たり、発売1年で約60億円も 売り上げる空前の大ヒットを記録しました!

雪見だいふく2 しかし、ロッテは"雪見だいふく"の製品・製法を1981年に特許出願していましたが、 特許異議申し立てが出たため、特許取得にはしばらくの時間を要します。
その間、この大ヒットをうらやんだ他社から類似商品が多数発売されました。

長期に渡る審理の結果、1989年にめでたく特許を勝ち取りました。
この特許取得を境にして、類似商品は水が引いたように消えていきました。
その後、"雪見だいふく"はロッテの独占商品として長くヒットを続けることに なったのです。

◆ロッテのホームページはこちら!
→  http://www.lotte.co.jp/top.html

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icon icon icon 4.海外チェーンの上陸 icon icon icon

☆ハーゲンダッツの上陸

ハーゲンダッツ

◆1984年(昭和59年)◆

1985年、原宿・青山・渋谷に新感覚のアイスクリームショップが続々とオープン。 アイスクリームショップがブームとなりました。
口火をきったのは、1984年にオープンしたハーゲンダッツ青山店です。
連日の若い女性を中心とする行列が大きな話題となり、ハーゲンダッツに並ぶこと、 ハーゲンダッツを食べることがファッションのひとつとなりました。

ハーゲンダッツ社は、1920年代にポーランドからのユダヤ系移民ルーベン・マッタス (Reuben Mattus)が、アメリカ合衆国のニューヨーク市ブロンクス区で、 荷馬車でアイスクリームの行商を始めたのが起源です。
1961年には、レシピに卵黄を加え、乳脂肪分を17%まで上げて、 社名を"ハーゲンダッツ"としました。

ハーゲンダッツ ハーゲンダッツという言葉自体に深い意味はなく、創始者マッタスが、 良質な乳製品を生産する地のイメージのあるコペンハーゲンの"ハーゲン"と、 その余韻がマッチする"ダッツ"を組み合わせて作り出した造語なのです。

現在アメリカ合衆国とカナダでは、ネスレ社が販売しています。
日本では、サントリーの関連会社であるハーゲンダッツジャパン株式会社が 販売しています。

◆ハーゲンダッツのホームページはこちら!
→  http://www.haagen-dazs.co.jp/index.html

☆歌うアイスクリームショップ♪

コールド・ストーン・クリーマリー

◆2005年(平成17年)◆

アメリカのアイスクリームショップチェーン"コールド・ストーン・クリーマリー"が 六本木ヒルズに初の米国外店舗"六本木ヒルズ店"を日本にオープンさせました。

1988年にサザーランド夫妻(Donald&Susan Sutherland)によって設立され、 アメリカ合衆国のアリゾナ州テンピーで開業しました。
1995年アリゾナ州ツーソンにフランチャイズ一号店を出店して以降、全米各地に 1300店舗を超える店舗を出店し、一大チェーンとして発展しています。

コールド・ストーン・クリーマリー このお店の最大の特徴は、オーダー後に冷たい大理石の上でアイスクリームと ナッツやフルーツなどをミックスしてくれることです。
ベースとなるアイスクリームだけでなく、混ぜ合わせるフルーツ類も種類豊富で、 "私だけのアイスクリーム"を目の前で作ってくれることが人気を呼び、 1号店がオープンして1年が経とうとしている今でも大行列ができているようです!

さらに、店員さんが歌いながらアイスクリームを混ぜ合わせてくれるという パフォーマンスによって、"アイスクリームを買って食べる"という行為にさらなる 付加価値をつけていることも人気の要因の1つだと思われます。

◆コールド・ストーン・クリーマリーのホームページはこちら!
→  http://www.coldstonecreamery.co.jp/index.html

☆サーティーワンアイスクリームの
"真夏の雪だるま大作戦"!

サーティワン

◆2006年(平成18年)◆

サーティーワンアイスクリームでは、2006年夏、"真夏の雪だるま大作戦" キャンペーンを実施しました。 キングサイズを注文すると、キッズサイズを1個おまけで盛ってもらえるという サービスです。

サーティーワンアイスクリームは季節ごとに様々なキャンペーンを実施し、順調に 店舗数および売上や利益を伸ばしてきました。

このチェーンの親会社はAllied Domecqという名のアメリカの財閥です。
Allied Domecqはドーナッツチェーン店ダンキンドーナツ(日本からは撤退しました)も 所有しています。
サーティワン2 世界50ヵ国以上で5,400店のB-Rネットワークを持っている巨大チェーンです。 日本国内では、2005年度末で702店舗を展開しています。

サーティワンは英語の"31"で、"31種類のアイスクリームがあるため1ヶ月毎日違う アイスクリームが楽しめます"という意味が込められているそうです♪

実際には1000以上のフレーバーがありますが、世界のどこのお店へ行っても Baskin-Robbinsの店はたいていは32種類から選べるようになっています。 こだわりの31を外した理由は・・・
@冷凍庫が四角いので偶数の方が経済的である
A毎日違う味のアイスを食べに来て好みでないアイスがあっても、代替できる アイスがあるので安心
という理由が指摘されています。

◆B-Rサーティワンアイスクリーム株式会社のホームページはこちら!
→  http://www.31ice.co.jp/brj/index.htm

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icon icon icon 5.ひとりごと♪ icon icon icon

☆セブンイレブンのPBを担うメーカーは??

セブンロゴ

コンビニエンスストア業界最大手のセブンイレブン。
コンビニの飽和説がささやかれ始め、業界2番手のローソンは、 健康志向をアピールした"ナチュラルローソン"、生鮮コンビニ"ローソン100"など 新業態を展開することにより、王者のセブンを追随しています。
しかしながら、平均日商や純利益でいまだに優位に立っているセブンイレブンは、 品揃えで圧倒的な信頼を得ているようです。

そのセブンイレブンのアイスクリームコーナーには、ハーゲンダッツの 新商品はもちろんのこと、セブンオリジナルのアイスクリームが多数用意されて います。

ワッフルコーン その中で"おおっ♪"と惹かれた商品のメーカーをチェックすると、 必ずと言っていいほど"赤城乳業"のものなんです。 これは私が学生のときからそうでした☆
中でもセブンイレブン限定商品"赤城乳業ワッフルコーン"シリーズは お気に入りアイスクリームの1つです。

赤城乳業は"ガリガリ君""ガツンとみかん"など個性的な商品を 生みだしているメーカーです。
アイスクリームの会社としては、たしかに他の大手メーカーに知名度は及びませんが、 コンビニ王者セブンイレブンのお墨付きということで、 私は密かに赤城乳業をこれからも応援しつづけようと思っています♪
セブンイレブンに立ち寄ってアイスクリームで気になる商品があれば ぜひメーカー名をチェックしてみてはいかがでしょうか☆
そこからまた新たな発見があるかもしれません・・・^0^

◆セブンイレブンのオリジナルアイスクリーム人気投票結果はこちら!
→  http://www.sej.co.jp/campaign/icetohyo.html



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◆参考文献◆

★アイスクリーム図鑑
発行所:社団法人 日本アイスクリーム協会
製版: 株式会社光陽社

★社団法人 日本アイスクリーム協会
http://www.icecream.or.jp/index.html

★日本コミュニティ 雪印の歩み
http://www.snowbrand.co.jp/outline/ayumi.html

★アートピア国際特許事務所
http://www2.ias.biglobe.ne.jp/patent/index.html